鹿児島仁王行脚その6

鹿児島仁王行脚も最終日です。
この日は霧島市を中心に13組の仁王さんに会いました。一挙にいきます。

《霧島市 大隅国分寺跡》
全国にある国分寺跡。その鹿児島版です。このお寺は真っ先に廃仏毀釈の標的となったことでしょう。敷地は広い更地になっておりその真ん中辺りにぽつんと石塔と壊れた仁王さんが立っています。
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《姶良市 楠田神社》
多くの破壊された仁王像を見てきましたが、最も印象的だった仁王さんがこちら。
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上の写真は2015年の一番美しい写真に選びました。
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《鹿児島市 花尾神社》
庚申待ちの為に作られたので庚申仁王像と呼ばれています。
案内板には「高さ2.2m、胸囲1.7m、重量約3.5トンの巨大なもので、背には『延宝七年(西暦1679年)己未二月十三日 奉造立供養庚申待結衆敬白』と刻まれている。〈中略〉背に『庚申人以四十八人』と刻まれその華麗にして彫刻技術の優秀さは、庚申碑としては他に類を見ないものである。」
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元々お寺に祀るものとして作られていないためか、巨大な像であるにもかかわらず廃仏毀釈を免れ綺麗な状態で残っています。
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《霧島市 飯留神社》
県道40号沿いにみつけた仁王さん。阿形さんのみ。
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この神社に残る伝説として高黍(きび)を植えてはならない、亀を捕らえてはならないとあるそうで、その理由はわからないそうです。

《鹿児島市 上河内稲荷神社》
「よっしゃー!」と言っている風な仁王さん。
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ボウリングでストライクを出した時みたいな。

《霧島市 竹子稲荷神社》
無残に破壊されています。
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《霧島市 岩元の仁王像》
民家の角にぽつんと鎮座(?)しているこちらの仁王さんは「周知遺跡」と呼ばれています。
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顔無し。

《霧島市 来福寺真乗院跡》
「本府大乗院の末にして真言宗なり。本尊は十一面観音大士で開山の僧名不明」だそうでかつては真言宗のお寺だったそうです。どこか遠くを眺めているような仁王さん。
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《湧水町 鶴丸八幡神社》
「この神社の石段を上りきった両側に一対の仁王の石像が立っていますが、これは神仏混こう時代に、日向山九品院般若寺の住職がここの宮司を代々兼務していたことから、般若寺の廃仏毀釈のとき、ここに移されたものです」
小さなヘン顔仁王さんが立っています。
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《霧島市 飯富神社》
鹿児島のラストの仁王さん。文政年間の造立ですが、片方はご覧のように「テキトーな修理」がなされています。
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というわけで屋久島と合わせて6日間、計65組の仁王さんに会えた鹿児島仁王行脚でした。
やはり廃仏毀釈が大きなキーワードの仁王行脚でしたが、ただ壊されたというだけでなくその後可能な限りで元の位置に戻されているという点で、篤い信仰心を感じる事ができました。
廃仏と拝仏。大きく揺れ動いた人々の心。それを垣間見た鹿児島行脚でした。
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まだ東半分が残っていますので桜島の噴火がおさまった頃にでもまた訪れたいと思います。

鹿児島仁王行脚その1から見る

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