鹿児島仁王行脚その1

屋久島仁王行脚の翌日からいよいよ鹿児島県本土を巡ります。
四日間の行程で鹿児島県の西側半分の60数組を巡るという仁王行脚史上一番ハードなスケジュールです。

この日のためにポータブルナビゲーションを買って予め詳細なポイントを登録しておきました。
用意周到です。
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初日はスタートの鹿児島市内から南下して指宿(いぶすき)、西へ回りこんで南さつま市の坊津(ぼうのつ)町まで移動するルートです。
たくさん回ったので印象に残った仁王さんを中心にお届けします。

《鹿児島市 慈眼寺公園(慈眼寺跡)》
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案内板によると『この仁王像は、“三国名勝図絵”によると、境内入口附近に堂々たる茅葺の仁王門があって、その中に置かれていることがわかります。』とのこと。
仁王門に立っている姿を見たかったです。

吽形さんの背中。
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《谷山大観音 清泉寺磨崖仏》
大きな観音さまがいらっしゃるお寺の崖下に磨崖仏があります。
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磨崖仏の仁王さん。
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想像していたほど大きな磨崖仏ではありませんでしたが完全な形で遺っている点は貴重ですね。

《指宿市 不動山青隆寺》
1990年に開山の真言宗寺院です。こちらでは係の方にいろいろ境内を案内していただきました。
そして仁王さん。
仁王さんも当然新しい平成の仁王さんです。鹿児島仁王行脚で唯一の木造の像でした。
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平成の逆手金剛タイプですね。

《指宿市 豊玉媛神社》
祭神に豊玉姫命を祀るその名も豊玉媛神社。
案内には『元禄八年(1695)地元の侍衆(12人)、氏子、浜衆(37人)、在衆(59人)が施主となって各々願う所が満足されるように奉献したのである。向って右側を開口型(阿型)、左側を閉口型(吽型)と体型容姿とも優れ県下でも稀に見る傑作の一つである。現在は市の文化財である』とのこと。
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《指宿市 若宮神社》
明治二年の廃仏毀釈の嵐に巻き込まれ、徹底して破壊された鹿児島県の寺院、そして仏像。
木造のものは解体され焼かれ、石造は粉々に砕かれました。
街角にある小さな神社にひっそりとあるこの一体の像は、その破壊の激しさを生々しく今も伝えています。
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《坊津町 輝津(きしん)館》
この日の目的地、坊津の歴史資料センターへ移動しました。
こちらにも駐車場に破壊された仁王さんが立っているのですが
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目的はこちらのスタンプ。
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実はこれ仁王スタンプなのですが、近くの坊郵便局の風景印もなんと仁王さんで、コンボで合わせ技をするとこうなります。
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これで数枚の方に年賀状のお返事をしました。これがやりたかった。

《南さつま市坊津町 一乗院跡》
ゴール地点は小学校の敷地内に移設されている一乗院の遺跡の仁王さんです。
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案内には『一乗院は、真言宗の寺院で、薩摩国内屈指の有力寺院の一つであった。創建年代は詳細不明であるが、中世の途中からその実在が明らかになってくる。要港坊津と共に繁栄し、16世紀の中頃には後奈良天皇によって勅願所とされた。
その後、廃仏毀釈によって明治2年(1869)に廃寺となった。昭和56年(1981)に行われた発掘調査では、建物の礎石などが確認され、中国の明時代の陶磁器などが多数出土した。石製の仁王像は、もともと一乗院の山門(仁王門)に安置されていたが、廃仏毀釈によって捨てられ、後に現在地に移されたものである』とのこと。
おそらく仁王スタンプのモデルがこちらの仁王さんだと思われますが、実物はどうやら吽形さんですね。
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2mほどの結構大きな像でした。
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初日から廃仏毀釈の凄まじさを目の当たりにした鹿児島仁王行脚でした。
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2日目のブログに続きます。

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