輝け☆ベスト仁王大賞2014 パート2

ベスト仁王大賞2014 パート2です。

【ニューカマー部門】
仁王像は日々増えています。みなさんの思っている以上に密かに流行っているのです。そしてそんなルーキー達の中には決まりきった量産型ばかりではなく、信念とコンセプトを持って創りだされた魂の像があるのです。

◆青森県五所川原市 津軽金山焼 〈10月12日〉
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津軽金山焼のきづな広場に立つ焼き物の仁王さん。東日本大震災で亡くなられた方の鎮魂と、再びこのような深刻な災害が起こらないことを願って2013年に建立されました。その大きさ3m。焼き物の仁王像は高野山の本王院や滋賀県信楽焼きの狸仁王さんなど過去にもありますがここまで大きな像は他にありません。後ろに見える尖った山は岩木山です。

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◆茨城県常陸太田市 東金砂(ひがしかなさ)神社 〈2月11日〉
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こちらのこげ茶色の金剛力士像、ただの仁王さんではありません。かの東京都国立市の仏像彫刻家、関頑亭(がんてい)大先生(御歳94歳!)が5年の歳月をかけてお作りになったものです。え?知らないって?ちょっとちょっと!中野の宝仙寺や府中の高安寺の仁王像を作られた偉大な国立の至宝ですよ!

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しかも今回はその製作技法が非常に変わっていて脱乾漆という漆を幾重にも塗り固める古くは奈良時代に主流だった技法で作られました。

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2月11日に落慶式が行われるという情報を元にこのひと組に会う為に常陸太田市まで参道に雪がたっぷり積もっている中行ってきましたよ。そういう労力の元を取るためにもここで大々的に紹介させていただきました。

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【ストーンズ部門】
今年は冬と夏とで九州を二度行脚しておりますのでこの部門はマストでしょう。
石造仁王さんオンリーのストーンズ部門です。

◆宮崎県宮崎市 宝泉寺 〈1月23日〉
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九州、とりわけ東側の大分・宮崎・鹿児島には非常に多くの石造仁王像が残っています。宮崎では江戸時代、串間延寿院・円立院親子や平賀快然といった日向仏師が腕を競い合いました。中でも串間親子の仁王像は一定の水準を保った完成された作風で宮崎市内を中心に点在しています。この宝泉寺の円立院の仁王さんは赤い着色が残る秀作です。

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◆佐賀県塩田町 常在寺 〈7月13日〉
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佐賀県も負けていません。塩田には3組の石造仁王像(常在寺・光桂禅寺・本応寺)がありますが、常在寺はその代表格。参道の石段中ほどに立つ塩田石で刻んだ仁王さん(2.4m)は塩田郷の方々の寄進により、文政八年(1825)塩田石工、筒井幸右衛門他五名の手によって造られました。吽形さんの天衣の内側から「よっ」と手をだすポーズがなんともキュートです。

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【フェニックス部門】
過酷な環境で警護している仁王さんは劣化と修復の繰り返しです。2014年も多くの仁王さんが修復され復活されました。

◆神奈川県大磯町 慶覚院 〈6月3日〉
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神仏分離令により廃寺となった高麗寺から末寺の慶覚院へ移った仁王さん。平成12年の修理から暫く大磯町郷土資料館に収蔵・展示されていましたが2014年4月に仁王門が再建され晴れて慶覚院に戻ってきました。江戸時代初期の作。

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◆岐阜県高山市 千光寺 〈4月20日〉
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円空仏でおなじみの飛騨千光寺。2013年10月に極楽門(仁王門)が再建されました。元あった仁王門は武田軍の焼き討ちにより永禄8年(1565)に焼失したそうです。そして新しく安置されたのは安永年間(1772-80)に水無神社より移設されてきた春日仏師作と言われる仁王さん。彩色も鮮やかに蘇っての復活です。

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【オリジナリティー部門】
中央である近畿や江戸から遠く離れた地においては、時折その地方独自の解釈によって誕生したオリジナルポーズを決めた金剛力士がおられます。妙な説得力を持ったそのカッコイイ姿にローカルヒーローの元祖を垣間見ることができるのです。

◆長崎県諫早市 天祐寺 〈7月14日〉
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どうですかこのカッコ良さ。天保六年(1835)に金剛力士安置と諫早の歴史にも書かれている仁王さん。血走った眼、金色の歯などは後の修理によるものでしょうが、その表情からは仏師の気迫が満ち溢れています。また個人的にはこちらの仁王像をもって通算1500組行脚となりました。

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◆北海道札幌市 大覚寺 〈10月7日〉
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北海道は明治以降の開拓なのでその殆どが昭和・平成の新しい像ですが、そんな中札幌市の大覚寺にある大正九年(1914)年に建立された楼門には実にカッコイイ大正ロマン漂う仁王さんがいらっしゃいます。その出で立ちもさることながら注目すべきは身体中に貼りついた紙つぶて。江戸時代に病気平癒を願って全国的に流行った信仰スタイルの紙つぶてですが、現在では文化財保護の観点から仁王像は六角網で保護され、今も続けられている所は新潟や熊本などのごく一部のお寺になっています。それが遠く離れた北海道のそれも明治以降の文化圏で生き続けているとは非常に驚きでした。是非とも今後も続けていただきたいです。

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パート3に続きます。

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